9.減圧症と予防法
ダイバーなら一度は聞いたことがある単語「減圧症」。講習では習ったけれど、自分とはあまり縁のないものと思っていませんか?全国の減圧症患者数は、年間1000人近くいると推定されており、決して他人事では済まされない問題なのです。しかも、減圧症にかかった人の多くが、ダイビング中はダイブコンピュータを使用し、無減圧潜水時間を守っていることが分かっています。無減圧潜水時間を守っているのに、減圧症になってしまうことがある。これは一体、なぜなのでしょうか?実は、個人差というだけでは片付けられない、いくつかの理由があるのです。減圧症の患者が増えてきたのは、むしろダイブコンピュータが普及して来てからと言われています。それは、窒素が吸排出される仕組みをよく理解しないまま、ダイブコンピュータが示す無減圧潜水ギリギリのダイビングを繰り返すダイバーが多くなったことに他なりません。最終的には、インストラクターやガイドダイバー、そしてダイブコンピュータに頼るのではなく、自己管理するという意識がとても大切なのです。安全にダイビングを楽しむためにも、減圧症とダイブコンピュータについての正しい知識を必ず身につけましょう。ちょっとした心がけで、これからのダイビングの安全性が飛躍的に高まるはずです。
 
減圧症とは
スクーバダイビングをした後に、周囲圧が下がることによって身体の中に窒素の気泡が生じる障害です。気泡が体内に残ってしまうと、身体のシビレや痛み、皮膚のかゆみ、めまい、吐き気などの症状が現れます。重度の減圧症では平衡感覚がなくなって真っすぐに歩けなくなったり、手で物を握ることが困難になったりなどの症状が出ることもあります。減圧症になった場合は、できるだけ早くチャンバー設備を持った病院で再圧治療を受ける必要があり、もしも治療が遅れると、一生後遺症に悩まされる状態になることもあります。やっかいなことは、減圧症になった場合に、筋肉痛や神経痛、頭痛などの一般症例と区別ができない時があることです。少しでも疑いを持った時は、できるだけ早期(遅くとも1週間以内)に専門医がいる病院で診察を受けることが肝心です。ダイビング中、水圧がかかった状態で呼吸をすると、吸い込んだ空気に含まれている窒素が水圧に応じて(陸上での呼吸時より多く)体内組織に溶け込みます。浮上にともなって、周囲の水圧がゆるやかに低くなれば、溶け込んだ窒素は問題を起こすことなく体外に出ていきます。そして、浮上後も体内に残った窒素は、(陸上での平衡状態に戻るまで)自然に排出されていきます。しかし、水圧の変化が急激(浮上スピードが速い)だと、窒素が体外に排出される速度が追いつかず、体内組織に過剰な窒素が残ってしまいます。残った窒素は、体内の色々な組織(部位)の中で気泡となり、血管をふさいだり、各器官に損傷を与えたりして減圧症が起こります。 窒素が体内組織に溶ける量はその場の水圧によって変化し、水圧が高ければ高いほど、より多くの窒素が溶け込みます。つまり、ダイビング中は水深が深ければ深いほど、より多くの窒素が体内に溶け込むことになります。また、水深とともに注意をしなければいけないのが、潜水時間です。同一水深の場合は、潜水時間が長ければ長いほど、より多くの窒素が体内に溶け込むことになります。つまり、水深と潜水時間の相関関係によって、体内に溶け込む窒素の量は決まるのです。ダイビング中には最大水深に意識が向きがちですが、平均水深に対する注意の方がむしろ大切だと言えます。
 
浮上速度は、できるだけゆっくり。安全停止後は、更にゆっくり!
体内に溶け込んだ窒素を気泡にしないために、つまり、減圧症を予防するために一番大切なことは、とにかくゆっくりと浮上することです。浮上速度が速すぎると、体内に溶け残っている窒素が微量だったとしても、気泡ができてしまう可能性があります。ですから(無減圧潜水時間の厳守を前提として)、水深が深くて潜水時間が長いダイビングをしても、浮上速度が過剰な窒素の排出に間に合うくらい遅ければ、理論的には気泡を作らずに水面まで浮上できます。ダイブコンピュータには浮上速度警告機能が付いているので、それを表示させ(鳴らさ)ないように潜ることが肝心です。 逆に、水深が浅くて潜水時間が短いダイビングだったとしても、油断して浮上速度が速くなれば、気泡ができて減圧症にかかってしまう可能性もあります。極めてレアなケースですが減圧症患者の中には、Cカード取得講習中、潜水講習後(つまり少量の窒素が体内に蓄積された状態の時)に「緊急スイミングアセント」を行ったことによって発症した例がある程です。このような事例からも、まずダイバーが身につけなければならない技術は、何よりも的確な(特に浅場での)浮力コントロールだといえます。特に、10メートルより浅い場所での浮力コントロールが苦手なビギナーダイバーに対し、初めは重めにウエイトを装着することが推奨されているのは、潜降のしやすさというよりも、急浮上を防ぐためだと言えます。 地上は1気圧、水深10mで2気圧、水深20mで3気圧、水深30mで4気圧と、水深が10m深くなる毎に1気圧ずつ変化していきます。水深10mでは地上にあった空気は2気圧の影響を受けて1/2の体積になります。同様に水深20mでは1/3、水深30mでは1/4となります。水深30mから20mへ浮上すると4気圧から3気圧への変化となり、体積は4/3倍に膨れます。一方、水深10mから0mへ浮上すると、体積は2倍に膨れます。つまり、水深の浅い場所での深度変化の方が、同じ10メートル浮上したとしても気体の体積が大きく変化するのです。 このことからも、水深が浅くなれば浅くなるほど、浮上速度をよりゆっくり落として、注意深く浮上しなければならないことが分かるはずです。前回のダイビングの終了時を思い出してみてください。水深5mで3分間の安全停止をした後に、安心して一気に浮上していませんでしたか?安全停止の後は、むしろ更にゆっくり浮上するように心がけましょう。アンカーロープなどがある場合は必ずつかんで、一握りずつ浮上していくくらいの心がけが必要なのです。
 
減圧症を予防するための心得
 ◆ダイビング前(日常生活)
減圧症を誘発する要因の一つに肥満があります。また、運動不足でダイビングに臨むのは色々な意味で良くないので、日頃からメタボ対策を兼ねて適度に運動をして、体を鍛えておく必要があります。減圧症は血液の循環状態が作用しますので、日頃から偏食を避けて、魚や野菜など、血行を良くすると言われている食物を摂取することも大切です。ダイブコンピュータの中にはバッテリー交換がメーカー(2週間〜3週間程度必要)しかできないものも多いので、ダイビングに出かける前には、早目にバッテリーの残量をチェックしておきます。
 ◆ダイビング前日
当日の朝に家を出るようでは睡眠不足になる時は、できるだけ前泊をして睡眠を十分にとり、コンディションを整えます。前夜の宴会や深酒は絶対にしてはいけません。女性の場合は、生理も減圧症の要因になることがあると言われていますので、生理中のダイビングは避けた方が無難です。また、車で高所移動(山越)をする時は、事前にその道路の最高地点の標高を調べておきます。できるだけ標高の低いルートを選択するとともに、ダイビングを終了してから何時間後に高所移動するかまで考えて、次の日の潜水計画を立てる必要があります。
 ◆ダイビング当日
朝起きたら、まずは体調をチェックします。体調が悪い時は、無理にダイビングをすることは、色々な意味で危険です。また、薬の中には服用することによって、血液の流れに影響を及ぼすものがあるので、飲む必要がある場合には医師に相談します。当日、2本ダイビングをする時は、例えば水面休息中に食事をはさまないようにし、ダイビング終了後(高所移動前)に減圧をかねてゆっくりと現地で食事をとるようにするなどの計画性を持たせます。当日現地で宿泊をせずに日帰りする時は、3本潜るのは避けた方が無難ですが、もしも潜る時は、より減圧のことを考えた潜水計画を立てます。 意外に大切なのは、ミネラルウォーター(コーヒーやお茶は不可)を用意して、小まめに水分補給をすることです。脱水症状は、血液の流れが悪くなって、減圧症の要因となることがあるからです。ダイビングを開始する前には、必ず準備運動をして体をほぐします。1日3本潜る時は、ナイトロックスタンクを使って、余裕のあるダイビングをすると安全率が高くなります。
 ◆ダイビング中
ダイビングの基本パターンは、初めに最大水深(レジャーダイビングにおいては40mが限度)に達して、後はゆっくりと浮上していくパターンです。これ以外の潜水パターン(箱型、のこぎり型、リバース型など)は、いかに無減圧潜水の範囲内であっても、減圧症にかかる可能性が増します。また、反復潜水をする際は、必ず2本目、3本目と徐々に最大水深を浅くしていくように潜水計画を立てます。減圧症患者例から考えると、潜水時間は45分以内、平均水深はその日の最大が15m未満にして、段階的に13m、11mと浅くなるように計画しておくと無難です。また、帰りに高所移動(山越え)をするまでの時間も理論上短くできます。ガイドダイバーについて潜る場合は、ブリーフィングの際に、その日の潜水計画と減圧に対しての考え方をよく確認します。
※模範的な潜水パターンについては、
潜水中に最も注意を払わなければいけないのが、とにかく浮上速度です。特に、水深が浅いところほど水圧変化が大きいことを頭に入れておく必要があります。また、ダイビング中は、ダイブコンピュータの無減圧潜水時間は、残圧計と同じくらい注意して見ます。無減圧潜水時間は、レジャーダイバーの最大水深である25m〜30mで5〜10分以上残して、常に窒素を溜め込まないようなダイビングを心がけます。もちろん、絶対に減圧潜水に切り替わらないようなダイビングをします。 また、器材にトラブルが発生して急浮上が起こる場合があります。日頃からトラブルが起きても慌てないように、対応法を知っておくことも必要です。ダイビング終了15分前には水深10mより浅いところに浮上して、浅場でのんびり10分間減圧。更に水深5mで3分間の安全停止をおこなって「速いコンパートメント」から「中間的なコンパートメント」にかけてを減圧した後、残りの5mを2分近くかけてゆっくりと浮上します。また、ダイビング中は常にリラックスしたダイビングを心がけ、流れの強い場所や、長い水中移動はできるだけ避けるようにします。以上のようなダイビングを心がければ、体内の窒素が気泡化したり、「遅い組織」に窒素を溜め込んだりすることは極めて少ないはずです。
 ◆水面休息中
水面休息時間は、各ダイビングの合間にできるだけ長くとります。1本目の前と同様に、ミネラルウォーターを飲んで水分を補給します。潜水開始の少し前に、ダイブプランモードで最大水深時の無減圧潜水時間を確認し、残留窒素バーグラフと残留窒素排出時間(飛行機搭乗禁止時間)から、特にダイブコンピュータの「遅いコンパートメント」への窒素の溶け込み量を推測して、次のダイビング計画を立てます。
 ◆ダイビング終了後
ダイビング終了後に車で高所移動をする時は、「遅いコンパートメント」の残留窒素がM値に対して30%〜33%以下になるように時間を調整します。ログづけをしたり、食事や観光を楽しんだり、温泉にのんびり浸かったりしながら、体内に溶け込んだ窒素が安全なレベルに排出されるまでゆっくりと待ち、できるだけ標高の低いルートを通って帰ります。
帰宅後は、関節や骨などの身体のシビレや痛み、皮膚のかゆみ、めまい、吐き気などの症状がないかどうかを注意します。もしも少しでも疑いがある場合には、専門医がいる病院で速やかに診察を受けてください。